育休目標はただのゴールじゃない。その先に目指す未来の姿とは?(D&I推進担当役員・宇佐美直子さんインタビュー・後編)

前編「『自分は受け入れられていると感じられるか?』違いを活かしあうことができる職場を本気で目指す」では、D&I推進担当・グループ人材開発部の宇佐美直子さんに、野村不動産グループのD&I推進方針が策定されるまでのエピソードについてお話を伺いました。後編では、グループの組織にD&Iの考え方を馴染ませ、事業における価値の創出につなげていくための具体的な方法をお聞きしました!

D&Iの3つのステップとは?2030年に向けて描くロードマップ

「すべての従業員が自分は受け入れられていると感じることができる企業文化の醸成」は、D&I推進における最初の「意識醸成」のステップで、その先には「D&Iが事業活動に組み込まれる文化形成(ステップII)」と、それがさらに新たな価値を生むという「イノベーション文化形成(ステップIII)」を目指す3つのステップが掲げられています。

野村不動産グループ・D&I推進のロードマップ

その最初のステップの期間を2年と定め、「①年次有給休暇取得目標達成」と「②男女育休取得率100%達成」というキーゴールを掲げています。

「ボーリングの1番ピン」としての有休・育休取得率目標

ー「誰もが受け入れられていると感じられる企業文化の醸成」を目指すステップ1のキーゴールとして有休・育休取得率が掲げられていますが、これはなぜでしょうか?

最初のキーゴールを何にすべきか、これは相当議論をしました。そのなかでも自分ごと化しやすいのが有休と育休ではないかと思うんですね。「有休が取りやすい」とか、「性別に関係なく育休が取りやすい」という状態を目指していくなかで、職場でのお互いの理解であったり、ジェンダーやその人の特徴に応じた役割分担の必要性であったりが深まるのではないかと思いますし、休みを取る人がいたら、空いた穴を塞ぐために一人に負荷が偏らないような工夫が必要になってきます。こうしたゴールを設定することで社内において議論や工夫が生まれるのではないかと考えたわけです。

D&I推進ロードマップの「ステップI」における推進施策とキーゴール

ー育休や有休を取りやすい環境を作ることが、お互いの理解につながり、ステップII、IIIで目指している、多種多様な人々が手を取り合って新たな価値を創造していくことに向けた第一歩になるというわけですね。

ステップ1のキーゴールは、達成して終わりではなく、達成し続けることに意味があります。一人が有休・育休を取得すると、その職場では協力体制ができ、周りの意識や態度も変わっていく。そのようにして柔軟な働き方や個性を活かす組織文化が浸透していくという波及効果を狙っています。「有休取得目標達成・育休100%取得達成」をボウリングでいう1番ピンに見立てて、次々とピンが倒れていくというようなイメージですね。

「有休取得目標達成・育休100%取得達成」を“ボウリングの1番ピン”に見立て、その達成による波及効果を狙う

ーなるほど、「ボウリングの1番ピン」と示すことで「有休取得目標達成・育休100%取得」を目指すべき理由がとても分かりやすいですね。

はい。このような見せ方ができたことで理解が深まったなと感じていて、経営層から「1番ピンを倒していくために必要な制度も整えていかなきゃね」といった声が上がるようになりました。

ーどのような取り組みをしてきたのでしょうか?

有休に関しては、法定の年5日に加えて、グループ各社ごとに有休取得目標を掲げて推奨しています。

育休にかかわるところでは、グループ各社ごとに、様々な取り組みや制度導入をし始めています。社員のお子さんが生まれたときに取得できるバース休暇(5日間の特別休暇)や、付与後2年で消滅してしまっていた有休を積み立てることができる「積立有給休暇制度」の導入。出産後8週間の間の4週間で育休が取得できる「産後パパ育休」が国の制度として整備されましたが、加えて有給化する制度も一部で導入し始めています。ただし、グループ各社ごとに制度のばらつきがありますので、バース休暇や産後パパ育休については、グループ全社での導入を目指したいと思います。

こうした取り組みの中で、男性の育休取得がかなり進みました。2022年度にグループ連結ベースで男性育休取得率38.6%だったのが、2023年度には102.9%に上がりました。職場での様々な工夫や取り組みがあっての成果ではないかと考えています。

ー規定の変更以外にも、様々な取り組みをされているそうですね。

野村不動産では「おめでとう面談」という制度を設けていまして、男性社員も女性社員もお子さんを授かった際には人事に申請していただき、ご本人と部長と人事担当者とで三者面談を実施するんですね。最近は男性社員とのおめでとう面談で「自分(40-50代が多い)は子どもが生まれたときに休みを取らなかった。君にはしっかり取ってほしい」、中には「1ヶ月と言わず、2、3ヶ月取ったらどうか」と言ってくださる上長の方もいます。そういったアシストが効いているなと思います。

また、育休取得者に体験記を書いてもらっていて、これもボウリングの2番目以降のピンが倒れていくように波及効果につながるのではと考えています。

育休を取得した男性社員による体験談を社内の社内イントラに掲載

「人」を考えることは、未来に生み出していく「価値」を考えること

ーこれからD&Iを推進していくにあたって、宇佐美さんが課題に感じていることはありますか。

組織間の連携をはじめとしたグループ内外の連携は課題の一つであると考えています。「◎あなたの声があしたをつなぐ!」という、野村不動産グループ サステナビリティ、ウェルネス・D&I意識調査を実施しています。従業員満足度や自発的貢献意欲などの指標を見える化しているのですが、全体の平均スコアは悪くないと思っているんですね。でも、よく見てみると、グループ共通の課題として「個社間の理解や連携が進んでいない」ということ等が浮かび上がってきました。

ー「多種多様な人々・組織が手を取り合って挑戦し続けている状態」を目指すステップII以降では、個社間の理解・連携促進は重要な課題ですね。

「グループの各社が何をしているのかわからない」という声が多く、そこの理解が進まないと連携は進まないなと考えています。個人のD&I意識醸成の取り組みも進めていきつつ、社員が自発的に組織間の強みを活かした連携をしていけるような取り組みや情報発信を進めていきたいですね。

ー組織間の連携のうち、グループ外との連携という意味では、どのようなことを考えていらっしゃいますか。

当社グループでは、ダイバーシティのKPIの一つに「インクルーシブデザインの商品・サービスの提供」ということを掲げています。社内では「商品・サービスづくり等のプロセスへ多様な背景・価値観を持つ人々の参画により、新たな気づきを得て、まだ見ぬ価値を創造するための手法」と定義しています。

簡単に言うと、野村不動産グループで生み出しているさまざまな商品・サービスのコンセプトづくりの過程に、例えばお子さんであったりLGBTQの方であったり、障がい者、外国籍の方、Z世代の方など、通常の業務ルーティンでは参画することが無い多様な人々に実際にかかわっていただくという取り組みです。まだ取り組みを始めたばかりではあるのですが、グループのさまざまなところでインクルーシブデザインの勉強会や体験会などを実施しています。

昨年の12月には、野村不動産ライフ&スポーツ社が運営する「スポーツクラブ メガロス 田端」において、休館日を利用してインクルーシブデザイン体験会を実施しました。車椅子の利用者の方やブラインドサッカーの選手などに来ていただいて、施設を体験していただきました。その中で「実は特別扱いされないことがありがたい」「必要な時に声をかけやすいことがよい」「スタッフの助けなしに動ける配置がベスト」といった考えもしなかった視点からの意見をいただきまして、「通常の営業に生かせるだろうか」「他のメガロスでも展開できるのではないか」といった議論をしました。

2023年12月に「メガロス 田端」で実施したインクルーシブデザイン体験会

ー野村不動産グループならではの「インクルーシブデザインに取り組む意義」があるとすれば、どのようなことが挙げられるでしょうか?

当社グループの行動指針の1つ目には「お客様第一の精神」があります。当社グループでは、商品やサービスのメインターゲットとなるお客様に対する解像度が非常に高く、「“個”に寄り添う姿勢」を大切にしてきたという文化があるのです。

一方、だからこそ、こぼれ落ちる視点もあったりするのではないかと思っています。「メインターゲットではないお客様にとってはどうだろうか。マイノリティである人にとってはどうだろうか?」という視点は、新たなアイデアにつながる可能性を秘めているのではないかと思います。インクルーシブデザインに取り組むことは、多様な視点を持って業務にあたっていくための一つの有用な手段になるのではないかと考えています。

D&I推進の鍵を握るのは「人材育成」との掛け合わせ?

ー少し話が逸れますが、2024年度から、「ウェルネス・D&I推進委員会」の組織改変があり「人材・ウェルネス・D&I委員会」という名称に変わりました。この背景についてお聞かせいただけますか。

2023年度から有価証券報告書において女性管理職比率や男性の育児休業取得率などの多様性の指標に関する開示が求められるようになりました。それに対しては必要最低限の情報開示を行えばいい、という考え方もあると思いますが、当社グループでは「これをきっかけに“人的資本経営”というテーマについて真正面から取り組もう」という動きが生まれました。

6月21日に開示された有価証券報告書にも記載されましたが、当社グループでは、すべての価値創造の源泉は人的資本であり、経営戦略と連動した人材戦略により人的資本が最大化されることで、目指す姿を実現していくことを人的資本経営と定義しました。またそもそも人的資本は、「個人」と「組織」のかけ合わせで成り立ち、個人の「能力」と「意欲」が高まることは、「組織」の力の向上にもつながると考えています。

そして、いくら配置や登用を進めても、D&Iやウェルネスの推進が無ければいきいきと働くことはままなりません。この4月からグループとして「人材・ウェルネス・D&I委員会」が発足し、ウェルネス・D&Iの推進といった環境整備の側面と、人材の配置・登用、育成や採用をどのように進めていくのかの両面を、グループCEOが委員長となるこの委員会で審議、推進する体制となりました。これは大きな前進ではないかと思います。

2024年6月21日公表 有価証券報告書より
今年度第1回「HD人材・ウェルネス・D&I委員会」5月29日開催。いかにして社員ひとり一人が活き活きと働くことができるかを経営の重要なテーマとして審議。

ーありがとうございます。野村不動産グループが未来も新たな価値を次々と生み出していくために、働きやすい環境づくりと人材戦略が密接に結びついていることがよく分かりました。

D&Iを考えることは、自分自身を見つめ直すことからはじまる

ー最後に、読者の皆さまへのメッセージをお願いします。

D&Iを考えるにあたって大事なことは「互いに尊重しなさい」とか「違いを受け入れよ」といった外向きのベクトルではなく、「自分は受け入れられていると感じられているか?」ということだと思っています。主語は「自分」です。

D&Iをいざ推進しようとなると、障がい者の方やLGBTQの方など、「マイノリティをケアしよう」というふうに自分の“外”に向きがちです。こうした取り組みは当然必要ですが、実は自分自身のあり方や自分の身近にいる人のことを考えることが出発点だったりするわけです。いろんな人と話し、意見をぶつけていくなかで「自分はどんな特性を持っているのか」「自分は何がしたいのか」というのが見えてくると思います。まずは自分に向き合い、そこから「私たち」「組織」というふうに身の回りに広げ、社会に目が向いていく。そのようなイメージで、ボウリングの1番ピンのようにまず身近なところから始めていけるとよいのではないかと思います。