なぜ、野村不動産グループはインクルーシブデザインを推進するのか?−PLAYWORKS代表・タキザワケイタさんとともに考える
野村不動産グループが推進するサステナビリティの重点課題(マテリアリティ)の一つであるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)。そのD&Iを推進していくうえで、KPIの一つとして掲げているテーマが「インクルーシブデザイン」です。
インクルーシブデザインとは、これまでサービスや製品の対象者から排除されがちだったマイノリティ、例えば障がい者や高齢者、外国人、LGBTQの方などを、開発プロセスの初期段階から巻き込んでいくデザイン手法のこと。野村不動産グループはどのような考えを持ちながらインクルーシブデザインを推進、浸透させようとしているのか――当社のインクルーシブデザインワークショップを企画から実施までご協力いただいているPLAYWORKS代表取締役のタキザワケイタさんと、当社メンバーの2人に聞きました。
- お話を聞いた方
―PLAYWORKS株式会社 代表取締役 タキザワケイタさん
設計事務所、企画会社、広告代理店を経て、障がい者など多様なリードユーザーとの共創からイノベーションを創出する、インクルーシブデザイン・コンサルティングファーム PLAYWORKS株式会社 を設立。インクルーシブデザイン、サービスデザイン、ワークショップの豊富な経験やノウハウ、リードユーザーコミュニティを活用し、新規事業・サービス・製品開発・人材育成・組織開発の伴走支援を行っている。
―野村不動産ホールディングス 宇佐美 直子
1993年4月野村不動産入社、住宅販売部に配属され6年間22現場の販売を経験。1999年ビルディング営業部に異動、以降16年間テナント営業をしながら2000年と2002年に育休を取得する。2013年ビルディング営業二部長、2015年広報IR部長、2019年より執行役員としてホテル事業部・商業事業部を担当。2022年よりグループD&I推進担当となる。
―野村不動産ホールディングス 中川 博之
1990年野村不動産入社。約12年間、主にオフィスビルのマネジメントに携わったのち、当社J-REITのローンチ以降2020年3月まで野村不動産投資顧問に所属,、運用企画部でファンド運用の支援業務を担当する中でESGに取り組む。2020年4月、野村不動産ホールディングスのサステナビリティ推進部への異動を経て現職。
「お客様のために(for)」から、「お客様とともに(with)」へ変化するために
2020年4月にインクルーシブデザインに特化したデザインコンサルティングファームとしてPLAYWORKS株式会社を立ち上げたタキザワさん。前職の広告代理店勤務時に妻の妊娠をきっかけに妊婦の方と周囲にいるサポーターをつなぐアプリを考案し、この経験がタキザワさんをインクルーシブデザインの世界へと導いていきます。
――どのようにインクルーシブデザインに出会ったのですか?
タキザワ:アプリの実証実験などをやっていく中で、妊婦の方だけでなく、障がいのある方を巻き込みながらサービスを作る活動を始めました。
当時からインクルーシブデザインという手法があることは知っていましたが、明確に意識して活動していたわけではありませんでした。目の前の課題をいかに解決するかということに全力で向き合っていく中で、PLAYWORKSを立ち上げました。
年齢や能力などの個人の違いに関わらず、できるだけ多くの人が使えるようにするユニバーサルデザインは聞いたことがあっても、インクルーシブデザインについては知らないという人が多いかもしれません。
――改めて、インクルーシブデザインとはどのようなものか教えていただけますか?
タキザワ:今の社会は、健常者などいわゆるマジョリティ向けに作られていると言えます。それに対し、車椅子の人が段差を上れるようにスロープをつけたり、視覚障がい者も歩けるように点字ブロックをつけたり、聴覚障がい者のために筆談ボードを準備したりするように、困っている人のためにデザインするのがユニバーサルデザインです。
一方、インクルーシブデザインはこれまでユニバーサルデザインの対象になっていたような人たちや、製品やサービスの主要なターゲットから排除されてきたようなマイノリティの人たちを、プロジェクトの最初から巻き込んで一緒に価値を共創していくアプローチです。ユニバーサルデザインは“design for(~のために)”、インクルーシブデザインは“design with(~とともに)”と考えるとわかりやすいですね。
多様性を実現するプロセスとして「インクルーシブデザイン」を推進
――野村不動産グループはどのような経緯でインクルーシブデザインを推進することになったのですか?
中川:サステナビリティ推進部が発足した2020年、社員をはじめ多くのステークホルダーからの意見を集め、野村不動産グループの「2050年のありたい姿」としてサステナビリティポリシーを制定しましたが、その中で特に大切にすべき要素の一つとして「多様性」が挙がりました。一方で、男女比率や外国人比率など、それらを測る旧来からの一般的な指標のみを追いかけていくだけでよいのかといった疑問を感じていたところ、「ともにつくる」ことで多様性を実現していくというインクルーシブデザインの考え方に「これだ」と共感し、D&I推進の柱としてインクルーシブデザインに全社を挙げて取り組んでいくことに決めたのです。
――D&Iが実現されるためには、プロセスの段階から「ともにつくる」インクルーシブデザインの発想が伴っていなければいけないということですね。
宇佐美:そうですね。そしてインクルーシブデザインそのものが目的なのではなく、サステナビリティポリシーで示した2050年のありたい姿へ近づいていくために取り組んでいるというストーリーがあります。インクルーシブデザインが浸透することは、多様性を認める組織に向かっていることの証である、と私たちは捉えています。
そこでタキザワさんの力をお借りし、まずは当社のさまざまな場所で、多彩な方々をお呼びして、ワークショップを行ってきました。
――野村不動産グループにとってインクルーシブデザインはどのような機会を生み出すと考えますか?
中川:当社は市場や顧客の声にとことん答える「マーケットイン」を得意としてきました。これはどちらかというとdesign forのビジネスの仕方に近いのではないでしょうか。一方で、これからの時代にも必要とされ続けて存続していく企業を目指すのであれば、design withの発想も必要なのではないか、という危機感があります。
一筋縄ではいきませんが、インクルーシブデザインは、さまざまな立ち位置から物事を見られるようなトレーニングになると思います。これが私たち一人ひとりの意識に根づけば、あらゆる属性の方々にとって、「まだ見ぬ」魅力的な商品やサービスが出てくるようになるのではないでしょうか。
宇佐美:実はすでにこれに近い先例がありまして、オフィスビルのPMOシリーズはある種のインクルーシブデザインだったと思います。一般的には、できれば優良な大企業にテナントして入居してほしいと考えて営業することが多いと思いますが、中小企業やベンチャー企業がどんなオフィスを欲しているのか、そのニーズを聴き、また行動観察をしながら、商品コンセプトを作り込みました。
これまで目の前にいなかった人たちとdesign withで作り上げた新たな商品・サービスなので、インクルーシブデザインができるDNAが当社にはあると思っています。
インクルーシブデザインは、プロダクトデザインではなくプロセスデザイン
――危機感という言葉も出ましたが、タキザワさんはなぜ今、インクルーシブデザインが社会に必要とされていると思いますか?
タキザワ:多様性という言葉は綺麗ですが、多様な価値を受け入れることによって新しい問題も起き得る難しいテーマだと思っています。
多様性というと、わかりやすいペインやハンディキャップがある人が対象となり、それを改善してもマイナスをゼロにすることにとどまり、イノベーションまで至らないことが起きがちです。
改善にとどまらずに、どうすれば新しい価値を一緒につくっていくかというチャレンジ自体がインクルーシブデザインの可能性であり魅力だと思っています。
ユニバーサルデザインかインクルーシブデザインかというよりは、新たな価値を生み出せるかが問われています。インクルーシブデザインでつくるのはプロダクトではなくプロセスですから、インクルーシブデザインを実践した結果がユニバーサルデザイン的なアウトプットになっても良いのです。
一方タキザワさんは、インクルーシブデザインが社会から求められるようになってきたものの、ユニバーサルデザインよりも難易度は高いと言います。
――インクルーシブデザインが反映された製品やサービスとしては現在、どのようなものがありますか?
タキザワ:これまでの日本社会では、障がい者と健常者とが切り分けられてしまってきたので、インクルーシブデザインを体感する機会がほとんどなかったと思います。ただ、最近では障がいのある方を支援する製品やサービスが、健常者にとっても新たな体験価値になるようなケースが生まれてきています。
例えば、映画に音声ガイドや字幕をつけてくれる無料アプリは、映画館でアプリを立ち上げると映画の音をキャッチして自動で音声ガイドが流れたり、セリフや音の情報の字幕を付けてくれます。僕は登場人物の名前を覚えるのが苦手なので、便利に利用しています。
宇佐美:いい事例ですね。私は、「ウェルネス・D&I推進委員会」で、インクルーシブデザインについて説明した時、ナイキのハンズフリーシューズを見せました。ナイキの靴が大好きな障がいのあるお子さんが出した「手を使わなくても履けるスニーカーが欲しい」という1通の手紙から生まれたものだそうです。これを発売したところ、妊婦の方やシニアの方、腰の悪い方にも売れて、大ヒットしたそうです。このように新たな体験価値を生む事例を不動産デベロッパーとしても生み出してみたい、そう考えています。
多様なステークホルダーに商品を提供できる会社でありたい
2024年度のインクルーシブデザインワークショップでは、現在進行中の「BLUE FRONT SHIBAURA」プロジェクトを対象に、LGBTQと外国人ワーカーの皆さんにリードユーザーとしてご参加いただきながら社員メンバーとともに議論します。
――こうしたワークショップを通じて、社員の皆さんにはインクルーシブデザインの考え方をどのように日々の業務や生活に活かしてもらうことを目指していますか?
宇佐美:マイノリティと呼ばれる方々も含め、あらゆる人が当たり前のように協働していて、普段の議論から今までになかった視点が次々と出てくるようになるのが理想だと思っています。そんな議論を積み重ね、BLUE FRONT SHIBAURAでも色々な属性の方が「なんだか心地が良い空間だね」と思って下さったら大成功だと思います。
中川:インクルーシブデザインを重視するのは、商品の企画プロセスから多様な視点で検討された商品やサービスは、多様なニーズの中でも競争できるはずだ、という考え方が根底にあるからです。さらにこうした視点は、新たな需要や市場創造につなげることができるかもしれません。
タキザワ:世界的でもまだ例の少ない、インクルーシブデザインの成功事例を作れるチャンスだと思います。2030年のBLUE FRONT SHIBAURA完成という非常に良いマイルストーンに向けて、「これだ」と思える社会を変えるような事例を生み出していくために伴走させていただきます。
今回は、PLAYWORKSのタキザワケイタさんをお招きし、野村不動産グループが取り組むインクルーシブデザインについて考えました。皆さんも、今日から身のまわりのことを”with”で考える習慣を意識してみませんか?
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