「ウェルビアリング」の実現へ。障がい者や地域と共に歩む京都発クラフトビール「西陣麦酒」

「ウェルビアリング」の実現へ。障がい者や地域と共に歩む京都発クラフトビール「西陣麦酒」の画像

色とりどりのラベルに、「柚子無碍(ゆうずうむげ)」「白夜にレモンエール」など、個性的な名前が並ぶ京都・西陣のクラフトビールのブランド「西陣麦酒(にしじんばくしゅ)」。

築140年を超える京都の町家をリノベーションした西陣麦酒の製造所兼タップルーム(立ち飲みできるスペース)では、さまざまなクラフトビールが醸造されています。ここで働くのは、自閉症をはじめとする障がいを抱えた人たち。ビール瓶のラベル貼り、ビールの充填などの作業に関わるほか、中には醸造に関わる方もいます。

地域に根ざした「福祉と文化の発信拠点」として、また西陣の観光スポットとしても注目を集める西陣麦酒の製造所に、「みんなで、つなぐ!」編集部のメンバーで行ってきました!

西陣麦酒の製造所の外観画像
画像出典:西陣麦酒

福祉施設から誕生した京都のクラフトビールブランド「西陣麦酒」

西陣麦酒を展開するのは、社会福祉法人菊鉾会(きくほこかい)ヒーローズ(以下「ヒーローズ」)。ヒーローズは多機能型の福祉施設で、生活介護事業と就労継続支援B型(※)事業の2つに分かれています。生活介護事業では、創作的活動・体育的活動などを通して社会性や身体機能の向上を主眼に支援しています。西陣麦酒の作業は就労継続支援B型事業の一環として行われており、働くことを通じて社会参加の機会を創出し、自立を支援する取り組みです。現在は生活介護事業及び就労継続支援B型の障がいを抱えるご利用者の方約15名が西陣麦酒のラベル貼り、ビールの充填、梱包といった作業や醸造に関わっています。

「私たちは元々、障がいのある方の通所施設です。障がいがあってもなくてもいきいきと過ごしていけるようなお手伝いであったり、地域の方との接点を作るというところでビールを製造販売しているというのがまず根底としてあります。ビール製造に携わるというと軽い障がいをイメージされる方が多いのですが、自閉症といった、コミュニケーションがなかなか難しい方が多くいらっしゃいます。そういった方々にさまざまな活動を提供しながら、活動の中の一つとしてビールの作業に携わっていただいています」(ヒーローズ・野村尊実さん)

クラフトビールを製造することになったきっかけは、ヒーローズの創業者がビール好きだったことも関係しているそうですが、それだけではないといいます。

「福祉施設はよくクッキーやパンを製造販売しているイメージがありますが、京都には沢山のパン屋があるのでよほど味のクオリティを上げないかぎり、廃棄になってしまう。また、多くのお客さんが訪れる土日や仕事帰りの平日夜にお店を開ける必要がありますが、福祉施設だとそういった時間帯にお店を開けることが現実的に考えて難しい面もあります。その点、ビールであればそういった問題がクリアできると考えたこと、また地域とのつながりを作りやすいと考えたこともあり、クラフトビール作りを始めました」

※就労継続支援B型とは、一般企業などで雇用契約を結んで働くことが難しい人に対して、就労の機会や生産活動の場を提供するサービスのこと。雇用契約を結ぶ形ではないのがA型との違い。

西陣麦酒(社会福祉法人菊鉾会ヒーローズ)・野村さんの画像
西陣麦酒(社会福祉法人菊鉾会ヒーローズ)・野村さん

人生を豊かにする「至福の一杯」を

西陣麦酒のコンセプトは「WELL-BEERING(ウェルビアリング)」。ウェルビーイング(心身も社会的にもすべて満たされた良好な状態)をもじったもので、ただビールを作るだけでなく、ビールを通してビールを作る人と飲む人双方の人生を豊かにしたいという意味が込められています。

ビールの原料にも、西陣麦酒ならではのこだわりがあります。ビールの原料となる大麦は、一般的に海外産のものが多く使われていますが、西陣麦酒で扱うビールには、石巻(宮城県)のホップや前橋(群馬県)などの国産の大麦を使用しているものもあります。前橋の産地では障がいのある方が大麦の栽培に携わっており、原料から加工まで障がいのある方が携わる「農福連携」を実現しています。「ウェルビアリングを通して、障がいのある方の工賃を改善するというだけでなく、地方の農業の活性化にも貢献したいと考えています」と野村さんは話します。

西陣麦酒(社会福祉法人菊鉾会ヒーローズ)・野村さん

現在、西陣麦酒で製造販売しているクラフトビールは定番が7種類、時期によっては限定ビールが1〜2種類あります。たとえば「柚子無碍(ゆずむげ)」は、元々仏教用語の「融通無碍(自由気ままに楽しむ様子)」という四字熟語から、障がいがあってもなくても自由に楽しんでいける世の中にしていきたいという意味を込めて名付けられました。名前にあるように、柚子で香り付けをしているそうです。

「白夜にレモンエール」は、アルコール度数が3.5%と低めのクラフトビールです。アルコール度数が低いので、明るいうちから楽しんでもらいたい、日頃頑張っている人へのエールを送りたい、という意味が込められています。

まんまビーア」は、京都の大谷大学と協働で生み出されたお茶のビール。すっきりとした、軽い口あたりが特徴です。京都の中川地区には栄西が日本に初めて持ち込んだとされる日本古来の茶葉が残っており、中川のおじいちゃんおばあちゃんが栽培、収穫した「まんま茶」という茶葉を使用しています。まんまビーアの売上の一部は中川の地域の活性化に使っています。

そのほか、中京区役所の屋上や高齢者施設地域の住宅で栽培したホップを使用した「エビバデ京エール」や京都の佐々木酒造の米麹を使用した「銀蘭のオリゼ」など、さまざまなクラフトビールがそろっています。

「ビールを製造販売して得た収益は、ヒーローズの利用者の方に還元していくというのはもちろんのこと、私たちは社会福祉法人なので地域のために貢献することも重要な役割の一つだと思っています」

2017年に西陣麦酒が誕生してから徐々に売上が伸び、飲食店からの引き合いが増えているそうです。

クラフトビール「銀蘭のオリゼ」「ふぞろいの麦たち」「まんまビーア」「エビバデ京エール」の画像

障がいがあってもなくても、誰もが作業しやすい工夫を

さまざまな障がいを抱える方が働く西陣麦酒ですが、スムーズに作業を進めるためにどのような工夫をしているのでしょうか?

野村さんによると「毎日のスケジュールを絵にしたカードを作り、それを並べておきます。作業が終わったらその作業の絵のカードを別の場所に貼り替えて、何がどこまで進んだのか、次は何の作業をするのかが一目で分かるようになっています。

麻紐をくるっと巻いて、テープで止めて輪っかにして瓶にかけるという作業があるのですが、テープがなかなか綺麗に貼れないことがあります。そういう時はイラスト付きの簡単な手順書を作成してわかりやすくする工夫をしています。こうすることで、ストレスや混乱なく、自分のやるべきことが明確になります」

活動をイラストで表したカードを並べ替え、わかりやすくスケジュールを管理している画像
活動をイラストで表したカードを並べ替え、わかりやすくスケジュールを管理

「自閉症の方に対する教え方について、精神科医の先生によると、途中でつまずいてもそこだけやり直すのではなく、最初の部分まで戻って同じことをすることが大切だそうです。専門家の意見も取り入れながら、皆がストレスなく作業できるようにしています。

時間管理については、作業員一人ひとりがタイマーを使用します。タイマーの設定自体は職員が行っています。一人ひとり得手不得手が違うので、スケジュールの管理方法もバラバラです。カードでスケジュールを管理する人もいれば、文字で時間を書き込んで管理する人もいます」

文字や記号、色などを使い分け、誰もが作業しやすい工夫をしている画像
文字や記号、色などを使い分け、誰もが作業しやすい工夫をしている

地域での「横の連携」を広げ、皆でクラフトビールを盛り上げていきたい

最後に、今後の展望について野村さんにお聞きしました。

「京都には色々と観光名所があるものの、京都市内でも、有名な観光スポットと比べると西陣は少し足を運んでもらいづらい傾向にあります。そこで京都にある3つのクラフトビール醸造所と、クラフトビールの聖地とも呼ばれる酒屋さんと連携して、たとえばクラフトビールの醸造所巡りを開催して、西陣地区の活性化やクラフトビールを盛り上げていきたいですね。

西陣麦酒で作業する利用者の方たちはコミュニケーションを取ることが難しく、重度の障がいがあるため車での送迎で製造所まで通われているのですが、地域とのつながりを持つ機会が少なかったりします。京都のクラフトビールづくりを通して地域とのつながりを作っていきたいですし、西陣のクラフトビールを皆で盛り上げていくことを通して地域に還元していきたいです」

京町家発、京都の人と人とをつなぐクラフトビール。ぜひ一度タップルームを訪れて味わってみてはいかがでしょうか?

西陣麦酒 醸造所/京町家タップルーム

京都市上京区大宮通今出川下る薬師町234

金曜日 17:00~21:00

土曜日 14:00~21:00

(ラストオーダー20:30)

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